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Report

突然段ボール 蔦木栄一 追悼ライブ

2003年12月21日(日)
秋葉原club GOODMAN

2003年8月25日、肝硬変の為亡くなった「突然段ボール」の蔦木栄一さん。26年間のバンド活動、49年間の生涯に終止符を打った。

 自分がこの訃報を知ったのは、次の日の晩だった。
 そして、追悼ライブ当日。
 入口で記帳をし、入場。クリア君が居た。

 開演時、出演順等、俊二さんのあいさつ。生前、蔦木兄はタバコが嫌いだったという事で、会場は禁煙という説明があった。ライブハウスで一人もタバコを吸わないなんて、イイ。(自分もタバコは嫌いなので。)
会場のTV画面には過去のライブ映像が流れており、多分93年頃の『好きだよ』の頃だと思うが、蔦木兄弟二人のステージ。お兄さんのパーカッション、ボーカル、弟さんのギターというステージが流れており、「最高のコミュニケーション」等を演奏していた。蔦木兄のパーカッションのたたき方、鉄琴の音等がメチャクチャかっこいい! クロコダイルでのパーカッション・ソロの様な演奏の映像もあったが、目をみはるものがあった。

 そして、ライブ、スタート。簡潔ではありますが、レポートしたいと思います。

(1)おにんこ
 トップバッターはおにんこ。俊二さんのテクニカルなギター・プレイ。『抑止音力』の「夢の成る丘」をカバー。

(2)PANIC SMILE
随分前に、名盤解放のクラブチッタで二度観たが、久々に観て印象が違った様に思う。

(3)ロレッタセコハン
 SAXをフューチャリングした、ベース、ドラム(女性)のTRIO。初めて観ました。
 順番は忘れたが、途中「とうじ魔とうじ」の飛び入りがあった。トイレからもどると、会場で妙な音がしているので何かと思ったら、とうじ魔とうじが「糸」を使ったあの有名なパフォーマンスをやっていた。TVでは観た事が有ったが、生で観たのは初めて。

(4)湯浅湾
 湯浅学氏、ギター、ボーカル。一曲目は突段1stアルバム『成り立つかな?』から「選択と配列」をプレイ。
 「〜感情の回路にプラスのクサビを」という歌詞のところで、ちょっと目がうるんだ。
 「ぺったらぺたらこ、ぺったっこ」もやっていた。
 後半、湯浅さんのラリーズの様なサイケギターが炸裂。カッコ良かった。

(5)サボテン
 フロアー(レ−ぺル)からもアルバムが出ているサボテン。「サボテン」というバンド名の名付け親は、蔦木栄一さんだったという事を、MCで話していた。
 突段25周年の時に初めて見て、今回で二度目。独特な世界がある。

(6)非常階段
 ドラム加入のキング・オブ・ノイズ、非常階段。JUNKOさんのボイスが始まったとたん、JOJO氏、美川氏、コサカイ氏の爆音ノイズ。96年にC.C.C.C.のソニック・セレブレ−ションで「非常階段2」(美川さん抜き。場所は高円寺show boat)というので観た以来だったので、かなり久々。
 後半、JOJO広重が客席のテーブルを倒す等のステージングをしていた。ぶちまけた飲料水で水びたしになっている人も居た。コサカイさんのギターの音も良かった。
 終了後、30分のインターバルがあったのだが、その説明を俊二さんが淡々としていて、そのギャップが面白かった。

(7)チコ・ヒゲ&THE UNIT
 exFRICTIONのチコ・ヒゲ。『スーパー』発売記念のクアトロ以来か・・。マンダラ2でも突段、チコ・ヒゲ、青木マリ、というのを観た記憶がある。スネアの音がカッコイイ。まるで職人の様なドラムプレイ。ベースもカッコ良かった。

(8)石川浩司
 解散してしまった元「たま」の石川浩司。突段とのコラボレーション『ワカラナイ』『管轄外』等がある。(自分は『ワカラナイ』の発売記念に行っている。)
 この形態(石川浩司+突然段ボール)は、下北沢Club Q、クラブチッタでも観ているが、クラブチッタでの蔦木兄のパーカッションの音は泣けた。
 この日は蔦木兄のボーカルの曲のカラオケと共に、石川さんが歌うのだが、後半『ワカラナイ』の収録曲「ホームラン」等のナンバーは、一緒に歌ってしまった。
 「準備体操」という曲の歌詞「〜死んだ子供のはりつめた午後」というところを「〜死んだ親分のはりつめた午後」と歌っていた。

(9)突然段ボール
 そして最後は突然段ボール。弟さんのギター、ボーカル。20周年記念CD『アイ・ラブ・ラブ』に収録されていた五時夫の「冷水」という曲や、カセット・レアトラック集の曲「カスタネット」等、個人的に俊二さんがボーカルを取る曲も好きだったので、俊二さんがボーカルの突段もカッコイイんだろーなーと予想はしていたのですが、やはり予想通りカッコ良かった。
 過去の曲はほとんどやらず、全編新曲だった。聴いた事のない曲ばかりだったのだが、蔦木兄の段ボール節とは違った、また別の突然段ボールという感じだった。デビューシングル「ホワイトマン」「変なパーマネント」も披露していた。
 アンコールに生前、蔦木兄が好きだったというニ−ル・ヤングの曲をやっていた。 弟さんが最後のMCで、「次は誰の追悼かな?」と言って、笑っていた。
 物販で、日本カセットテープ・レコーヂングの新作『H男(蔦木栄一)+五時夫(蔦木俊二)/蛍光灯ノイズ〜童謡』『突然段ボール 初期未発表集 No.1』という二枚のCD-Rを買った。

 個人的な話ですが、自分が蔦木兄弟と知り合ったのは93年頃だから、もう10年経つ。

 雑誌『DOLL』の広告で、設立当時の「日本カセットテープ・レコーヂング」が作品を募集しており、それに応募したのがきっかけだった。当時、自宅録音したテープを蔦木さんに送ったところ、それが採用され発売に至った。(:現在はCD-R化されている。)ミーティングを兼ねて、深谷のお宅にもお邪魔した。

 99年1月には、クラブチッタで行なわれノイズのオールナイトで、自分のユニット「クソミソ」と蔦木兄の「H男」とのDUOというライブもやった。(失敗だったけど、今考えるとスゴイ。)

 同年4月には『高速増殖炉Vol.1』というcomp CDが発売され、自分の「クソミソ」も参加している。95年7月には共同企画で、クロコダイルでノイズの特集企画をやり、「C.C.C.C.」を呼んだりした。C.C.C.C.と突段は一時期よく共演していたが、最初にブッキングしたのは多分自分だと思う。

 97年の20周年の時は、高田馬場AREAでの自分の企画にも出てもらった。
 蔦木兄と最後になってしまったのは、2003年6月7日クロコダイルでの「天国注射2003」というライブだった。外で少し話をしていたのですが、兄が「熱が止まらない」と言って、体温計で熱を計っていた事を思い出す。その時のライブは、体調が悪いという事で、短いステージだった。これが自分が見た、蔦木兄弟での突然段ボールの最後になってしまった。

 まだまだ書きたい事は沢山有り、語り尽くせないのですが、うまく書き表せない事もあるので、この辺でこのレポートは終わりにしたいと思います。

 今後の俊二さんがボーカルを取る新生・突然段ボールに期待します。
 自分もこれから、死ぬ迄、突段の追っかけをやりたいと思います。

レポート・宗近勝利 (クソミソ)

 


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